夜。
 荒野。
 砂。岩。風。金属音。怒声。銃声。閃光。駆動。銃声。銃声。悲鳴。銃声。血。怒声。
悲鳴。悲鳴。悲鳴。駆動。岩。煙。光。悲鳴。光。炎。爆音。赤。銃。悲鳴。灰。駆動。
血。赤銅。赤。機械音。血。灰。閃光。赤銅。赤。悲鳴。赤。光。硝煙。赤。恐怖。赤。
銃。赤。血。赤。声。赤。音。赤。風。赤。弾。赤。空。赤。地。赤。人。赤。赤。赤。
赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。
赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤――――
 色彩死期の屍葬送。
「はあっ……はあっ……はあっ……!」
 彼は夜の荒野を走っていた。
 何処もかしこも極彩色の狂乱演舞。大地は銀と赤に埋まり、空は灰と赤銅に塗れる。も
はや死ぬことさえも死んでしまったのではないかと思うほど。いや、まだ死んではいない。
死ぬことに恐怖している。恐怖がまだ死んでいないことを証明している。
「はあっ……はあっ……っ……はあっ……!」
 走る。走る。走る。
 走っている間は死なないとでもいう様に。走っていれば撃たれないとでもいう様に。手
に持つ銃が重い。身に纏った強化外甲(シエルドレス)が煩わしい。息が苦しい。喉が熱
い。肉が痛い。
 恐い。
 その苦しみと熱さと痛さと恐怖がある間は、まだ生きている証拠。 
 ――馬鹿野郎イチイチ狙い定めてんじゃねーよ! こんだけいりゃあ数撃たなくても当
たるってーの! 
 ――とにかく撃て撃て走れ走れ撃て走れ!
 声を張り上げる者は人。肉の身体を持ち、血を燃やし、肢体に鞭打ち、荒野を駆け、火
炎を潜り、灰と赤銅色の硝煙を払い、雄叫びを挙げ、銃声を上げる。しかしその叫び声、
さも弱き犬の遠吠えか? 
 それに対する物は無機。動く無機。無機の身体を持ち、黒いヘドロの液体を燃やして、
眼に光りを宿し、砲撃に火を灯し、生命を蹂躙する無機。
 機械。
 其の様は実に意匠豊富、多種多様。既存の虫、動物に似た者から、鎚(ハンマー)、螺
旋刃(ドリル)、回転刃(サーキュラソー)、さらには砲台を腕のように生やし歩く物、
翼も無く空を飛ぶ物、針山のように砲台を生やしたもの、触手のように刃をうねらせるも
の、ただただ巨大な自走要塞のような物。そんなものが、全高一mの物もあれば、大きな
物で60mを超える物もいる。その様は閑寂、冷徹、無機の物成りて冷たき物。しかして
その口から放たれる吐息は遍く灼熱の弾丸で地を焼き砕き、蠢く人どもを薙ぎ払う。其は
堅牢にして巨大なり。其は迅速にして超重なり。其は静寂にして壊塵なり。如何なる術も
蚊の如し。その叫声、我が感に触れず。
「っ……はあっ……はあっ…………くそっ!」
 撃って走る。撃って走る。撃って走る。立ち止まってしまえば楽になれるのだろうか。
地獄に生きるのと天国に死ぬ。果たしてどちらが幸福か。
 ――ああああくそ! まるで減りやしない! 弾を集中しろ! 
 ――ランチャー来るぞ! 障壁準備!
 ――弾が足りない! もっと上げろ!
 その戦いの辿り着く先は歴然か知らぬ。人が撃つ、たった秒速700〜1000mで跳
ぶ50gにも満たない弾丸が、一tを優に超える鉄塊を砕けようか。否、砕く事はおろか、
その存在に気付かせる事さえできはしない。そんな機械どもが、その数千。対し、人は二
個大隊三個中隊。大隊一個約千百五十。中隊一個約百五十。その数合わせ約二千八百五十。
 戦闘開始から一時間。人の残存総員は三割を切り、もはや全滅は間近であった。
「くそ! こんなっ……ところで……!」
 ――ああ、くそ! くそ! くそ! ズルいだろ畜生!
 ――この屑鉄が……!
 ――援軍は来ないのか!?
 ――嫌だ、死にたくない!
 ――喚く暇があるなら撃つか退いてろ!
 五月蠅い!
 彼はそれらの声を無視し、ただ走り撃つ。
 辺りをひしめく音は機械が発する駆動音。先まで聞こえていた、更に先までは怒声だっ
た悲鳴はもはや空前の灯か。墓場にて屍を埋め尽くすは銃の音。無機質なSE、過重に訴
える足音。機械の音。残り少なくまだ音を出す人々はしかしもはや成す術もなく、無駄と
知りながら銃声を鳴らす。強化外甲など気休めにさえならず、裸でいるのと同然に機械の
爪に引き裂かれる。
「こんなところで、死んで、たまる……っ!?」
 しかし、もはや、この先は決まっている。追い詰められ、蹂躙されるまでも無く、ただ
一薙ぎで終わる結末。
 彼は近くで起こった爆風に吹き飛ばされた。とっさに受け身を取り立ち上がる。が、目
の前には既に機械がいた。誰が設計したのか、子供じみた奇妙なフォルム。その機械の腕
が、今まさに振りかぶられようとする。
「あ、……くそぉ……!」
 だから、もう、ここで終わった。地を這う虫けらに、足を踏み下ろすが如く。このシー
ンはその結末で決まり、そして終わるのだった。
 役者が、それだけであるならば。
 突然、眼の前の機械がカンカンカンとおもちゃの様に三度揺れたかと思うと、それは盛
大に爆散した。モロに巻き込まれるが、強化外甲ならこんな爆発くらいは防ぐ。彼はゴロ
ゴロと転がりながら立ち上がった。
 だが再び吹き飛ばされた。
 降下する全長10m余りの塊。それは敵の真っただ中に落ち、今までの爆撃が嘘のよう
に吹き飛んだ。炸裂する力。同心円状に蒸発した空気の波が拡大する。
「…………っ!!? なっ――」
 それを見た人間が疑問符を出す暇も無く続いて放たれる鉄塊、次いで光、音、火。先ま
で人間達に群がっていた機械の鉄屑どもは瞬く間にその肢体を霧散させた。一の光で百の
光。先まで上げていた人間の怒声を、叫びを、悲鳴を、コレでもかとばかりに破壊へと変
える。
 人間達は空を見上げた。
 アレは何だ。コレは誰によるものだ。いやそもそも人なのか? 否、「Who」や「W
hat」は問題じゃない。問題は「Which」。アレは敵か? 味方か? 助かったの
かそうじゃないのか?
 そして、人間達が歓声を上げるべきか更なる悲鳴を上げるべきか迷ってた、その時。爆
炎の奏者は、その問いに応えるように荒野の地上へと降り立った。
 それは無機。動く無機。機械。だが、其は人に対する物にあらず。冷たく堅牢な無機の
鎧を暖かく熱のある有機の肉の身に纏い、紅きヘドロをその身に燃やし、荒野を蹂躙しつ
駆け、火炎も、硝煙も、銃声も、光も、機械も、全てを焼き砕き薙ぎ払い尽くすモノ。そ
れは人の容、人の大きさをとりつつもはやその様、人とは言えず、もはやその様、機械に
等し。ただの人にはあまりにも巨体な機械を背負い、幾度の戦場を超えるその姿は、まる
で破壊の使徒か、機械の悪魔か。
「あ、アレは……あの肢体は……」
 彼のモノこそ荒野を駆ける戦機の英雄(ワイルドアームズ)。機械を纏いて駆け抜ける
装甲演舞(アーマードコア)。悪を噛み砕く鉄の処女(アイゼルネ・ユングフラウ)。人
類に残された最後の弾丸(ラスト・ホープ)。
 其の機械に覆われた冷たき四肢と、それでもなお力強く脈動する血と肉と魂を持つその
モノ達を、人々は畏怖と、希望を持ってこう呼んだ。
『こちらチャンネル3。33・134戦域の残存人間に勧告。これよりこの戦域は「アイ
マン」部隊所属、当機「SIKI―A63」が掌握、管轄する。残存人間は速やかに撤退
すべし。当機が撤退を援護する。我が血、我が肉、我が魂を持って、人類の勝利を創り上
げようぞ。後は任せてください』
 機械の四肢を持つモノ。鋼鉄肢体(フルメタルドライバー)。俗に、
「肢機――SIKI――」
 ……と。

    次へ