町には二人、突然変異の女の子がいた。いや、正直なところ、あの頃の私達は二人の事など何も分からな
くて、今でも分からない事が少なくない。それが突然なのか、変異なのか、女の子なのか、そもそも人とは
何なのか。とは言っても、あの頃の私達は新しい体験の連続で、そんな事に考える余裕などなかったし、ま
た私としては、まあ、今だからこそ言えるが、二人がいるだけで、それ程に満足していたのだろう。
 ……そう、『た』、である。過去形だ。二人はもうこの町にはいない。二人は遠い旅に出た。あれから何
度も木は衣を変えた。時折、便りは届くのだが、何せここは辺鄙な土地だ。一か月に一度か二度がいいとこ
ろ。しかし、こうやって時がたっても手紙を寄越(よこ)してくれるとは、律儀なものだ。おかげ様か、今で
はもう言葉使いも彼女達とほとんど同じで、私もすっかりアチラ側だ。私知れず少し誇らしい。『おいしそ
うだな』と何時もからかってくるクロの小言も可愛いものだ。とはいっても、やはり一度や二度では寂しい
ものだ。
「今頃、何処にいるのだろうか……」
 私は、彼女達の事を思い出す――


   『ふーあーゆー 〜We all live to you〜』


 二人に初めて会ったのは、何て事のない普通の日だった。ああ、過去形だ。そのはずだっ『た』。
 時刻は朝だった。それもとても早い朝。場所は近くの森の中。紺色の空に乳の色が染まる頃。緑の木々が、
うん、と背伸びする頃。太陽の光に目覚めた黄や赤の花たちが歌う頃。軽い薄めの蒼の着物を着て、長めの
白いコートを羽織り、起きたばかりの爽やかな水色の風を浴びながら、私は日課の散歩をしていた。朝の散
歩はとても楽しい。それが独りなら、なお楽しい。静かな朝。柔らかい日差し。まるで世界を独り占めした、
そんな気分。私は、そんな独りの時間が好きだった。
「何て、可愛い事を言ってみたり」
 そんな夢心地のような黄色い気分は今日も早朝のぼんやりとした朝にふわり漂い、日が昇るにつれて光と
共にかざされしゅわりと消えていく……そのはずだった。私は気ままに歩き、気ままに軽い食事をし、気ま
まに風に当たり、日も上がってきたので、そのまま気ままに帰ろうとした。
 その時、目に留まるものがあった。
 木々が生える、森の中。
 目の前、一際大きな、緑の大樹。
 その下、綺麗に織り込まれた、栗色の木製の籠。
 その中、籠にしかれた、白い布。
 包まれ、そこに眠る、小さな二つ。

 ――生きている

 今にして思うと、色々と考えるべき事はあったのだろう。何故ここにいるのか。何時からここにいるのか。
親は何処にいるのか。いや親がいるのか。そもそもこれらは何なのか。だが、その時の私によぎる言葉は、
それだけだった。
 生きている。
 パレットからキャンパスへ、文字通り取って付けたような、突然の異端者。
 しかし、どこか私は、その光景が当然のように思えた。まるで運命の様な、そんな感じ。
 二人を照らす朝日は空から降りた光のレースか、はたまた木々の葉から木洩れるスタンドグラスか。その
場は、伝説に聞く『天使』を連想させ、噂に聞く『教会』をよぎらせ、まるで、神がこの二人を遣わしたか
のように、そう、思えたのだ。
 そうして、私たちは出会ったのだった。
 

 とりあえず、私は二人を連れて帰った。少しの間待ってみたが親らしき人は来なかったし、そもそも籠に
散った木の葉を見るに数時間前からここにいるのだろうと考えられた。二人は生き物にしてはあまりに脆弱
に見えた。数時間たっても立ち上がるどころか、目をつむったままだなんて。
 どうしてそのような事をしたのか。あそこに置いたままでは他の奴らに食べられるかもしれないからか。
逆に、誰にも見つからないまま放っておかれるかもしれないからか。しかし、同情心など全くなかったはず
だ。弱い者は消える、それが自然だ。好奇心さえありはしない。自慢ではないが、他に対する感情の希薄さ
は皆が保証している。では何故、あの頃の私がどうしてそのような事をしたのか。理由はない。ただ何とな
く、私は二人を家に連れて帰ったのだった。
 思い返すと、そこに然したる理由は必要なかったのだろう。後付で、色々と理由のようなものを加える事
は容易だ。けど、そうではないのだ。子供が独りでいたから、育てる事にした。何て事無い。ただそれだけ
の噺なのだ。


 それから数年が経った。
 背丈が伸び、言葉を使うようになった。二本足で立って、歩き回るようになった。感情が生まれ、意思が
生まれた。
 いやあ、よくあそこまで良い子に……などといったらまた親バカとか言われる。とにかく、よく育ってく
れたなと思う。自分みたいな世間一般に興味のないヤツが、よくもまあ、飽きずに。これは褒められてもい
い事だ。
 何せ彼女らときたら、てんで弱かった。病気か何か持ってるかと思った。何時まで経っても歩けないし、
かといって飛べないし、何時まで経ってもろくにしゃべらないし、そして何といっても、何時まで経っても
独りで生きられない。食事さえも独りでできない。排泄なんて何のその。おまけに、何時でも夜でも他目を
気にせず声を上げる。夜に声を上げるなど、どこの馬鹿かと思ったものだ。敵にここにいると知らせるよう
なものじゃないか。そのくせ、そんな私の気持ちなどいざ知らず、よく分からない声で私を頼る。あの姿に
は、心底参ったものだ。「また魔法使いが何かしてるぞ」とか、「また変な事し始めたぞ」とか「肉食系に
戻ったのか?」とか、そんな小言にもよく耐えた。二人の生態はおろか、育て方自体さえ全く分からなかっ
た。それなのに、よく育ってくれた。いや本当、よく頑張ったと思う。
 特に歩けるようになってからは、とても旺盛な好奇心を見せるようになった。特に、外に出る事が大好き
だ。その頃から、忙しさは輪をかけたように広がった。私が日記というものをつけ始めたのも、その頃だ。

「おはよう、パパ!」
 元気な声が聞こえる。「パパ」というのは、物知りヨミから教えてもらった「彼女らの言葉」だ。意味は
「育てる者」というらしい。
「ねえ、パパ! パパ! ねえ、遊びに行こうよ!」
 片割れの内、長い髪の方は、いつもそう言って私の腕に留まってくる。この年になってもまだ甘えたがり
だ。元気旺盛。者懐っこい。声が大きい。よく笑う。歩く事が大好きだ。
「うーん、でもねえ」
 私は彼女の頭を優しくなでる。すると、なでられる彼女は嬉しそうに「よしよし」と言う。本当は「よし
よし」とは撫でる方が言うらしいのだが、彼女の好きなようにさせている。彼女は身体に触られる事、特に
なでられある事が大好きだ。彼女曰く、温かいとの事。私は、あまり触られるのは好きではない。ただ、誰
かに乗られた圧というのは中々に心地良いものだ。あれだけは否定できない。
「おはよう、お父さん」落ち着いた声が聞こえる。「遊びに行くの? それとも、何か用事があるの?」
「お父さん」というのも、「育てる者」という意味らしい。
 片割れの内、短い髪の方は、私の眼を見ながら小さく微笑み、そう訊いてくる。大人しい。物静か。本が
好き。少し引っ込み思案。優しい。見る事が大好きだ。
「用事はあるね」素直に答える。
「えー、えー、えぇー?」
 長髪(ながかみ)が手を振ってぶーぶー言う。
「こらー、こらー、こらぁー。あまり振り回すんじゃあない」
「じゃあ、私も行く!」
「別にかまわないけど、いいのかなあ?」
「何が?」
「今日はヨミの所に行くんだよ」
「えー、あの目玉ぎろっちょか」
「目玉ぎろっちょって……」と短髪(みじかみ)はハハハと笑う。
「どうだ、行くか?」
「行くね!」
「そ、そうか……」
 不平を言うくせに、行くという。未だに長い髪の思考回路はよく分からない。
「じゃあ、私も行くよ」と短い髪が私の服を取ってくる。
「わかった。でもまあ、まずは朝食だ。神様に感謝しよう」
 二人は、はーい、という返事をする。
 
 食事は草と決めている。肉はあまり喰いたくない。変り者と言われようが、私はいわゆる「草食主義」だ。
 軽い朝食を済ませた後、私は言った。
「後ね」私も身支度をしながら言う。「前にも言ったけど、私はパパでもお父さんでもない」
「じゃあ、ママ?」「お母さん?」
「さあ、解らない」
「ママ」も「お母さん」も、「パパ」も「お父さん」も同じ意味だ。
「まあ、何でもいいか」
「あー、またそうやる」と長髪。
「『そう』って、何が?」
「自分から私たちにそうやって問題出して、自分で勝手に解決しちゃう」
 む、と私は変な顔をした、と思う。何故なら長髪の言った事は、私の治そうとして未だ治らないクセだから
だ。独り暮らしをしていた昔とは違う。もっと話し合わなければならない。しかし、クセと言うのはなかなか
治らないもので、知らずにやってしまうものだ。
 そういう、両者が変に組み合わさった結果、長髪の言うような他問自答が起こってしまうのだった。
「後、それに」と短髪「その問題、前にも言ったよ?。
「ん? そうだっけ」と私はおどけてみせる。
「そうだよ」と笑って返す。

 準備を終えて、家を出る。一応の戸締りをして、出発する。
 長い髪には、黄色く大きなリボンで髪を結う。大きく一つに纏めてしまう。これは『馬の尻尾』というら
しい。何でも『可愛い』のだとか。馬の尻尾自体は別に可愛くもないが、この髪飾りの方は分からなくもな
い。だが、他に『二つの尻尾』という飾りがあるらしい。二つの尻尾……私は未だそのような動物に会った
ことはない。ヨミが言うには、『猫又』と呼ばれるのがそうであるらしいが……二つもあって使いこなせる
のだろうか。
 短い髪には、白くて細いリボンで髪を結う。このちょっとした飾りつけをする事で、可愛さが違うのだと
か分からなくもない。しかし、飾りつけと言うのは、普通はこのように日常的に行うものではないと思う。
飾りつけをするのは、求愛行動や威嚇の時が普通ではないのだろうか。普段からこのように飾りつけをする。
毎日毎日同じように。それはとても面倒だし、時間がもったいなくはないだろうか? この二人の他にも、
若者の間ではこのような飾りをするものもいるが、私はあまりしない。二人からは「したらきっとキレイ」
と言われるが……あまり他の眼は気にしない、というか出来ない性質なのだ。どうも面倒くさいというか、
どうでも良いというか……親交がないワケではないのだがね。もう私はこういう者だと、半ば諦め交じりに
受けいられてる。まあ何にせよ、そんなに飾りに時間を割くつもりはない。ただ、毎日こうやってちょっと
した飾りをする事によって、見慣れた風景に彩りを与える事は確かだろう。気持ちが少し楽しくなる。それ
は否定できない事だ。私は見るだけで十分だが。
「こんにちはー!」「こんにちはー」
 二人は道行く人に挨拶をしている。自分で教えて置いてなんだが、律儀な事だ。
 この頃は日差しが強くなり、二人には帽子を被せてやった。植物で編んだ帽子だ。
「何で『おうし』何てかぶるのかな?」と長い髪。
「『日射病』というものになるらしい。そして『おうし』ではなく『帽子』です」
「『日射病』ってどんな病気?」
「詳しくは解らないが、気分が悪くなるらしい。とても危ないんだよ」
「でも、父さんとか皆は帽子来てないよ?」
 と短い髪が指をさす。
「まあ、そうだけどね」
『とっていい?』と両者が言う。
「駄目ー」
『ふびょーどー』
「どっちが?」
「私が」「私が」
「ならいい」
「いいの?」「?」
「さあのん」
『不平等』は、よく分からん。
 
 やがて、ヨミの家に着く。
「こんばんはー!」「こんばんはー」
 ヨミの家は夜のように暗い。高い棚に括られた灯りは星々のようだ。そんな事を考えてか考えずか、二人
とも夜の挨拶をする。
「こんばんはー。ヨミ、来たぜー」
「……む? ホッホゥ、よく来たのう」
 
 久々に二人の姿を見たヨミは、ばさばさと鳴き叫んだ。
「毛もない! 牙もない! 爪もない! 体を護る毛はほとんどなく、しかし頭には長々と生えている。こ
れは一体何のため? 牙など全くありはしない。平べったい歯だけが横に並ぶ。しかし肉も食べるらしい。
肉を切り裂く爪はなく、ちょぼっと指先に生えている。これで役に立つのだろうか? 地べたを早く走れな
いのに、両手を広げて飛べやしない。体をいくらゆすっても、きれいな音はでやしない。しかし何といって
も、『のっぺらぼう』。牙も毛皮もまとわぬ無形にして異形の『のっぺらぼう』! まさに奇妙奇天烈摩訶
不思議。奇想天外四捨五入。出前迅速落書無用だわぃ」
「ヨミ、興奮しすぎ。わけわかんない事言ってるよ」
「ホッホゥ。じゃが上手いじゃろ。主もよく彼女らの言葉を勉強しとるて。きちんと手紙を食べずに読めた。
それに、そんなに『髪』を伸ばして。すっかり『様してる』じゃないか」
「あまり言わないでくれよ……」
 ホッホゥ、と笑い、ヨミはパイプ(煙が形を成さないもの)を吸う。
 ヨミは物知りである。曰く、夜翼族(ルーヴォ)の賢者ヨミ。曰く、変り者のヨミ。彼はとても物知りで、
『本』というものを集めている。彼が変り者と言われる由縁はこの本だ。何せ、こんな紙切れを幾ら集めた
ところで使えない。だが彼曰く、これは世界の汗と涙の結晶であるらしい。私も読むので、よく分かる。い
や、別に変者と呼ばれる同士、気が合うわけじゃないぞ。
 彼女らの事、育て方や言葉は、ほとんど彼と、彼の本から教わった。
「まあ、よく育ったもんじゃ」
「『親がいなくても子は育つ』というからね。私らにとっては、それが普通だけど」
「まあのう」ヨミは煙を浮かべる。
「ねー、ぎろっちょー。これ読んでいい?」と本を掲げる。
「うむ? いや、そこいらのは危ないから駄目じゃ。見ていいのは緑の棚だけ」
「ケチー」
「あんまり煩いと夜中お前さんが寝るとき耳元でホーホー鳴くぞ」
「そ、それはイヤだ……」
 長い髪はすごすごと下がる。
「あまり奥に行くなよお」と私は一応の感じで言っておく。
「聞き分けの良い子らじゃ」ホッホゥと笑い鳴く。「……にして、白孤族(ドナークドッグ)よ」白孤という
のは私の事だ。「そろそろ、『名前』は決めたのか?」
「名前」というのは誰かを他から区別し、指定する事らしい。私達には馴染みがない事だ。誰か区別する時
は、赤色の〜や、丸い〜と呼ぶ。誰かを判別する時は見た目や匂いで判断する。名前のような習慣もなくも
ない。例えば、ヨミは名前と言える。しかしそれは、正確には彼の『名前』ではなく、私個者の『呼び方』
にすぎない。と言っても、一度呼び方が決まると、他の者もそう呼ぶのだが。とにかく、そういう呼び方を
決める時は大きく二つある。
「……その『名』で呼ぶのはお前だけだよ」
「忘れないように、呼ぶのだよ」
 一つには、その相手が有名な時。忘れないため。区別するため。
「ははは、何だかどんどん『俗』っぽくなる気がしますねえ」
「『キレてる』じゃろ? しかし、不思議じゃの。彼の二人には、我々を想わせる何かがある」
「想わせる?」
「眼を惹いて離せないというのかのお。良くも悪くも、二人は将来、大きな事を成すだろうて……」
「そうすれば、手柄は私のものですね」
「ホッホゥ! 俗っぽい事を言うのう」とヨミは腹をふくらませて笑う。「で、名前は?」
「ありゃ、やっぱり噺を逸らすのはダメだったか」元よりそんな気はなかったが、私はそう言って肩をすくめ
てみせた。「そうだな。しかし、名前ねえ……」
「別に、番いになるわけでもあるまいて」
 もう一つには、相手が自分にとって大切な、何時もいるような存在である時。特に後者は、番いのような
場合が多い。言ってしまえば、何時もいたら、個別しなければ、誰が誰だかややこしくなるからだ。勿論、
仲間同士で使う場合もなくはないが。
「当たり前だよ。『ロンリーコンプレックス』じゃあるまいし」
「ホッホ、冗談じゃよ。じゃがのう、名前はつけんとて」
「そんなに名前は必要かな?」
「そうじゃ、我々には預かりしえぬ事じゃが……名前と言うのはとても大事なモノらしい。彼らという存在は、
とても己を他者と区別する事を大事とする。そうしないと、自分が何者かも解らぬのじゃろう。それにの、水
に映った良い顔見て、己と気づくのは己があるからじゃ。名前と言うのは大切なものじゃ。例えどんな時でも、
自分が此処に居ると、キチンと解らせてくれる、大切な宝物じゃ。だから一つ、名前は付けてやらねばの」
「何時もそうだけど、今日はやけに雄弁だね、ヨミ」
「そして『子』に名前を付けるのは、『親』の役目じゃて」
「…………」
「それが、『家族』じゃて」
「…………はは」
 まいったね、といった風に、私は頭を掻いた。嫌だとか、面倒だとか、そんな気持ちはない。そうじゃな
くて、恥ずかしいとか、照れくさいとか、いやそうでもなくて……そう、『役者不足』というのかな。そん
な気がしたのだ。『子』や『親』や『家族』の意味はよく分からなかったし、今も分からない事は多い。だ
からこそ、余計に何か、尊いものにでも思えたのだろう。
「名前なら、もう決めてるよ」私は言った。
 ヨミはそれを聞き、静かに頷いた。
「……では、そろそろ帰るよ。久々に姿を見せられて良かった」私はゆっくりと立ち上がった。「ヨミには
いろいろ世話になってるからね」
「家族でいうところの『祖父』と言うところかの?」
「そういうなら、この町皆が家族だね」
「ホッホゥ」ヨミは嬉しそうな顔をした。「面白いのお。真に面白い。変わらぬものは、無いという事かの
う。長生きはするもんじゃ。このセリフ、一度言ってみたかった」
「はいはい」私は肩をすくめた。「おーい、お前達。そろそろ帰るぞー」
「はーい」と長い髪。
「あ、えーと、ヨミさん!」短い髪は言った。「この本、貸してもらってもいいですか?」
「ホゥホゥ、幾らでも持っていきなさい。本も主に読まれて、喜ぶじゃろうて」
「やった、嬉しいな」
「ん。じゃあ、二人とも、挨拶を」
「はーい。じゃあ、ぎろっちょ、さようならー」「ヨミさん、さようならー」
「ホゥ、さようなら」
「また来るよ」
 そう言って、ヨミの家を後にした。

 家に帰ると、名前の事を教えることにした。 
「私達に名前という概念はない。正直よく分からない。が、私が思うに、これは、お前たちの一部しか示さ
ない。そして同時に、これは私の、お前たちに対する認識、想い、願いを込めたものだという事を、よく覚
えておいてほしい」
「つまり、とても大切にすればいいんだな」長い髪は言った。
「ああ、そうだ。それに、いつまでも『長い髪』とか『短い髪』とかじゃ、『ソッケナイ』しな」
「ソッケナイって何?」と短い髪。
「私にもよく分からん。『たにんぎょうぎ』という奴らしい」
「他人じゃない人なんているの?」と長い髪。
「さあね。そういうのを、大切にするという者もいるという事だよ。番みたいにね」
 私は肩をすくめる。
「では、名付けようか。……長い髪」
 私は右手で、長い髪の手を取る。
「む……胸がトクトクする」
「緊張するかい?」
「何か、うん……」
「そうか……じゃあ、言うよ」
 私は、長い髪の眼を見つめて言った。
「お前は、『ユー』だ」
「ユー……」
「短い髪」次に、私は左手で、短い髪の手を取る。
「はわわ……」
「こらこら、眼をそらさない」
「…………」
 ちらと、上目づかいで覗き込んでくる。私は顔を下げ、逆に下から覗き込むようにして言った。
「お前は、『フー』だ」
「フー……」
「本当は他に色々あるんだけど、堅苦しい儀式は止めておこう。ただこれだけは覚えておけ。
 その名を名乗るもよし、控えるもよし。だが努々忘れるな。私がお前たちを見た時を、私がお前たちに託
した想いを、私がお前たちに願う夢を、私がお前たちに名付けた日を。どうか、忘れないでほしい。では、
汝、私の想いを受け取りますか?」
『……はい』
 ぎこちなく、そう応える。
 そして、私は微笑んだ。
「いや、まあ大袈裟に言っちゃったけど、そんなに真剣にしなくてもいいよ? ただ、まあ……大切にして
くれると、嬉しい、かな」
『当たり前だよ!』
 びっくりした。
「へへへ、嬉しいな。パパからの贈り物だ」ユーは嬉しそうに言った。「ユーだって。ユーだって」
「私はフーだよ。……フー。とても嬉しい……」フーは、何か大切なものをそっと抱き抱えるように、自分
の名を呼ぶ。「お父さん、大切にするよ。ずっと、ずっと」
 そして、二人は言った。
「ねえ、パパ、パパ」「ねえ、お父さん」
「ん?」
『ありがとうっ!』
 …………。
「……ああ、『どういたしまして』」
 何だか、照れくさい。
「何かとても落ち着いた気分!」とユーが言う。
「そうか?」
「それでいて生まれ変わった気分だよね」とフーが言う。
「ふーん……」
 あ、何か嫌な予感。
『というわけで、お父さん(パパ)にも名前を付けてあげよう!』
 あー、やっぱり。
「いや、私は、名前はちょっと……」
『えー、なんでー?』
「いやいや何でも理由を付けるのはよい事とは限らないよ?」
 というより、恥ずかしい。
「へへー、嬉しいでしょ」と長い髪のユーが言う。
「いや、あの」
「分かるよ。お父さんは嬉しい時や恥ずかしい時、お耳がピクピク動いたり、尻尾がわさわさするからね」
と短い髪のフーが言う。
「なっ……!」
 何だと。
 私はとっさに頭を押さえる。そんな事、今まで知らなかった。
「お父さん可愛いね。顔真っ赤」何てフーが言っちゃってくる。
「〜〜〜〜っ!」何なのだこの屈辱は。これなら『三回回ってワンと鳴く』方がまだマシだ。「あー、それ
より君たち、名前の由来を聞きたくないかね!?」
『由来?』と二人が振り向く。
「そう、由来。いいかね、君たちの名前は……」
 どたばたとした一日。忙しく日々が過ぎていく。
 
 眠る前には、色々な話をした。
「ねえ、父さん。なんで父さんの耳はそんなにピンと尖がっているの?」とユーが訊く。
「私の感情をだだ漏れさせる陰謀のせいだ。後お前たちの声をよく聞くため」
「父さんは誰と戦っているんだろう?」
「ねえ、お父さん。なんで父さんの眼はそんなに光っているの?」とフーが訊く。
「この私には『夢』があるからさ。後可愛いお前達をよく見るため」
「輝いてるんだねっ」
 二人は交互に訊いてくる。
「ねえ、父さん。何で父さんの髪は白いの?」ユーが訊く。
「気分」
「えー……」
「ねえ、お父さん。何でお父さんはいろいろ知ってるの?」フーが訊く。
「君たちが坊やだからさ。後魔女子さんだから」
「いいなー」
「ねえ、父さん。何で父さんは草を食べるの?」
「美味いじゃないか」
「えー……」
「ねえ、お父さん。何で父さんはお尻から尻尾が生えてるの?」
「掃除する時に便利」
「へー。…………え?」
 
 話を終えると一緒に眠る。
「じゃあ、挨拶を」
『はーい、お休みなさい』
「はい、お休みなさい」
 そう言って、私たちは眠った。
 
 また別の日には、二人と一緒に、数少ない友者を訪ねた。
「こんにちはー!」「こんにちはー」
「はい、皆さんこんにちは」と黒い翼を持った彼女が言った。
「悪いね、黒翼(ヴォルク)。付き合ってもらって」
「くかか、貴方は少し遠慮しすぎですよ」
「とってもねえ。あまり付き合いは苦手だから」
「というか、しませんよね、基本的に」
「まあのー」
「もっと感情を大きく出しましょう」
「尻尾でも振ろうか? いや耳か」
「くかか、そういうセリフが言えるなら十分です。ではそろそろ」
「んあ。じゃあ、二人とも、挨拶を」
『はーい。よろしくお願いしまーす』
 というわけで、練習開始。

「いいですか? お姉さんの勇姿をよーく見ておくのですよ?」
 黒翼族(ヴォルク)はえへんとそう言って、崖から飛び降りた。落ちていくように見えた。が、黒鳥が両手
を広げると、すいと空を滑るように空に上がった。お見事、私は空を見上げ、二人は歓声を上げた。
「いいですかあーっ! 風に乗る事が大切なんですー! 翼で飛ぶんじゃないんですー! 水に浮くのと同
じですー! 翼をはためかせて風を叩くんじゃなくてえーっ! 身体を広げてー! 風を受ける感じですー
っ! じゃー、やってみましょーうっ!」
 落ちそうになったらちゃんと助けるから一人ずつですよー、という声が聞こえる。
 ユーを見る。両手に翼をくっつけて、何だか出来損ないで可笑しな格好だ。
「ねえ、パパー」
「何だい」
「この羽、何でできてるの?」
「蝋(ろう)」
 蝋。油脂からもので、照明、滑油など様々な用途がある。後、喰うとやみつき。不味さがそそる。
「……ユーはね、思うのですよ」名前をつけてからユーは自分をユーという。「これ重い」
「ユーよ、こんな伝説を知ってるか? 昔キロシャのイカスミという者は、蝋で作った鳥の羽、両手に持っ
て飛びたった」
「凄い!」
「まあソイツは落ちたがな」
「ええっ!?」
「頑張って、お姉ちゃん」とフーが応援する。
「怖かったらやめてもいいぞ、ユー」
「ユー……ユーユーユー! ユーっていい名前だね!」
「はよいけ」
 恥ずかしい。
「ガッテン承知の助☆」ビシッとユーは敬礼した。そして、「よーし、元気百倍パラダイムシフト! ユー、
行きまーすっ!」
 ユーは走った。徐々に加速していき、ついに崖へとさしあたる。そして勢いよく、大地を蹴った!
 行けるか!?
「上がれええええええええええええええっっ!!」
 
 無理だった。
 ユーの叫び声がただ空へと溶けて行った。
「あんな高いところから落ちたらぐうの音もでないね!」ユーは羽をバタバタとさせながらそういう。
「あー、いいですねえ。そのバタバタする仕草も可愛いですよー」
「あ、『ルクー』。どうだった私の飛むぐぐぐぐ……」
「あーあーあー……」
 あんなに黒翼に抱き付かれて。家に入る前に羽根を落とさねば……って、随分と私も潔癖になったものだ。
 ユーのいう『ルク』というのは黒翼の事だ。どうやら私に名前を付けられた事がすっかり気に入り、他の
奴らにも名前を付けているらしい。黒翼の方もまんざらではないようだ。しかし、これだと名前が二つある
事になる。これはどうなのだろう。しかし、
「…………」
 名前を付けるなど、少し前までは考えなかったなあ。想いもよらぬ発見を見出す。それが必要なのかどう
か、役に立つのかどうか、良いモノなのか悪いモノなのか……そういうのは解らないが、二人に会ってから
というもの『知らない』の連続だ。何か新しいモノを想い付く……それは、二人の得意技なのだった。そん
な二人を見ていると、つい私は思ってしまう。
「飛べるかもなあ」
「飛べますよ」
 不意に出た言葉に、不意に返事が返された。
 黒翼は続ける。
「彼女達に翼はない。遠くを見る眼はなく、鋭い嘴も爪もない」黒翼は彼女らを見る。「でも、何故か在る
気がするんです。弱々しいけど、いえそれ故に、何かを生み出す力が……」
「…………」
 弱々しい故に、何かを生み出す……か。
「良い事言うね」
「くかか、褒めても何も出ませんよ?」
「ねえ、パッキーパッキー」
『パッキー』というのは私の事だ。フー以外の者がいる時限定の呼び方で、どうやら私の名前らしい。意味
は不明。時折、呼び方は変わるのだが、最近はこれに定着しつつある。何かバカっぽいから微妙なんだが……。
「ねえ、パッキー。もっかい飛んでもいい?」
「それは黒翼に聞いてみな」
「先生……フライトがしたいです……」
「はい、いいですよー」
「やたー! よかったね、フー。君は飛べる!」親指ぐっ
「えぇっ! 私、飛ぶつもりないけど……」
「どうして?」
「こ、怖いから」
「『心に布をかぶせ怖いと書く。不知こそ最大の恐怖なれ』……ってぎろっちょが言ってた。つまり……よ
くわかんないからいいや。とにかく、やって見たら怖くないよ」
「なんて投げやり!」
「うーいえーい、投げれば空も飛べるはず」
「飛べないよ! じゃあその石コロ投げてみてよ!」
「ははは、何を言うのかフー。そんなの飛ぶに決まって」ひゅーん……ぽと。「飛ばない……だと……?」
「いやそりゃ飛ばないだろ」と私が言う。
「ああ待って! 今何か想い付きそう! ああ、そうだ、物というのは全てが上から下に落ちるのであって
…………ああ、ダメだ! 何かが足りない! 何かもっと凄い落ちっぷりを見せてくれたら何か来そうなん
だけどなあ!」ちらちら
「何かユーがチラチラ見てくる! ていうか落ちること前提!?」
「駄目かな」
「うぅ……どうしてもやらなきゃダメ?」
「……ううん、やらなくてもいいよ。無理強いはしたくないから。けど、一人でやるのは寂しな……」ちらちら
「うぅっ!『寂しい』! それ言われたら弱いです! うう…………じゃあ、やります……」
「やたー!」
 そうやってテキパキと準備を整える二人。いや、パッキーとは関係ないぞ。
「…………なあ、ユー」私は一人でに名前を呼んでいた。
「はい、貴方のユーです」
「お前……本当に飛べると思うのか?」
「…………」
 ユーは、きょとんとした。しかしそれもすぐの事で、彼女は嬉しそうな、楽しそうな、けれど照れくさそ
うな顔で言った。
「なんかねー、できる気がするんだよ」ユーは語る。「よくわかんないけどね。こう、何かね、にゃもにゃ
もしたものを抜けるとね、飛べる気がするんだよねえ」
 そういうユーの声はとても楽しそうだった。

「ルクー、さよならー」「さようならー」
「はい、さようなら」
「また来るよ」
 帰る時間になり、黒翼と別れた。

「手がある。足がある。眼がある。口がある。体がある。しかしそれだけじゃ。外に何にもない。のっぺら
ぼうじゃ。最初、ワシは『カタワ』かと思ったぞ」
 帰る途中、借りていた本を返すため、ヨミの家に寄った。
「まあ、無理もない」
「しかし、のう」ヨミは続ける。「彼女らには、何かの可能性を感じる。何もしなければ、何も起きない。
しかし諦めずやり続ければ、何か起こせそうな……そんな可能性を感じるんじゃ」
「無限の可能性、と?」
「ああ。して、可能性は選択せねば得られん」
 黒翼の言葉を思い出す。彼女らには何もない。地べたを早く走る足もなく、空を飛ぶ両手もなく、肉を切
り裂く爪もない。それでも、いや、何もないからこそ、何かを生み出せる、そんな気がするのだろう。
「可能性があるからこそ、何時か選択せねばならん。……この町は、あの子らには狭すぎる」
「…………」
 それは、何時かきっと来る時だろう。それは解ってるし、とっくの昔に決心がついている。だから、私達
に出来るのは、ちゃんと二本の足で立てるように教える事。
「全く、主は良いもんを拾った」
「もの扱いするのは止めてくれよ」
「モノだよ、白孤族の」ヨミは煙を浮かべる。「この世のものは須らくモノだ。必要とされなければ意味は
ないし、そしてこの世に不必要なモノなどありはしない。ワシらはこの世の欠片に過ぎん。世界という、大
きなパズルのピースにしかすぎんのだよ。尤も、パズルの枠があるとは限らんし、そもパズルをする側の立
場かもしれんがの」
「ふっ、なかなかに哲学者だ。様してる」
「……じゃが、彼女らには、新たなピースを創る力がある。それは何時しか、世界を大きく変えようて。い
や、むしろ、彼女らはこの世界の外に生きている……そう、『要る』のかもしれん。それが良い事なのか、
悪い事なのか、わしには分からん。じゃが、変わる事、それは変わらんじゃろうて……」
「あいつ等はちゃんとこの世界で生きてる」私は強く言った。「そして、あいつ等は良い子だ。その力が悪
いかどうかは、使う奴次第だ。だから大丈夫だ」
「……ホッホゥ」ヨミが『硬い口』でにたりと笑う。
「……何」
「いやはや、すっかり一人の『親』じゃのう」
「……っ」
 私は、それ以上の言葉を言わずに、頬を掻いた。勝手に耳が動く。
「ええ事じゃて、ええ事じゃて」
「あんまりからかうと喰うぞ」
「ホッホゥ」
 ヨミは面白そうに笑った。

「『料理』を作ってみました」
 家に帰ると、フーが「料理」というものを作ってみた。料理というのは、植物とか肉とかにわざわざ手を
加えて混ぜたり味や香りを工夫する物なら志井。どうしてそんな手間暇をかけるのか、よく解らんが。そう
言うと、フーは「愛が違うのだよ」だとか何とか言っていた。さて、愛とは何ぞや? 最近、フーは私より
賢くなってるんじゃないかと思う。知識とかそんなんじゃなくて、もっと深い所で。
「この料理はね、ルクさんやテルーさんにも手伝ってもらったよ」
「テルー」というのはユーとフーがつけた名前の事で、長耳族(ティバル)の事だ。長耳は美味い植物を良く
知っている。フーは彼女らと一緒に食材を集めたのだろう。少し前から気付いていたのだが、近ごろ、二人
は私が紹介せずとも二人で知り合いを増やしていってるいるらしい。少し寂しいが、良い事だ。因みに、黒
翼はモノ集めが趣味である。特に光物に目がない。で、肝心の料理の方だが……
「……白いな」
 とろみのついた白い液体に、多様な植物が浮いている。白い湯気が立ち上りほくほくしている。料理など
見た事は無いが、なかなかに美味そうだ。
「ではさっそく、」
「挨拶を」
 む……。
 フーがにこりと笑ってくる。
「わ、忘れてないよ?」眼を泳がせ
「そう?」
「そう(キリッ)。じゃあ、挨拶をば」
 三人は手を合わせる。
「全て全て以外のモノに、持ち得る限りの感謝を込めて……いただきます」
『いただきます』
「……よし、では食べよう」私は丸い食器を持つ。「ではフー、いただきウマー!」
 口から光が出た。
「ウマッ! なにこれウマッ!」ユーが旨い美味いと連呼する。
「こら、ユー。食べながらしゃべるな。気持ちは分かるが」
 例えるなら、私が今まで食べてきたのがただの「木」だとするのなら、この料理はヨミに見せてもらった
木彫りだ。あの木彫りは「何か」を感じた。それと同じようなモノだろうか。手を加えるだけでここまで変
わるとは。いや、これはフーのおかげか。あの植物をここまで変えるのは、並ではない。
「うーむ、これでは元の草が食えんな」
「お父さんは子離れができませんねえ」
「ははは、アレだね。フーは『いいお嫁さんになるよ』って感じかね」と、本に書いてた。
「じゃあ、お父さんのお嫁さんになりますよ」
「? それは本に描いてた事?」
「え? あ、えーと、そ、そうです……」
「ふーん」
「ウマッ! これウマッ! ……そろそろ水がほしくなる頃」
『お約束』というやつだろうか?

『ごちそうさまー』
 挨拶をして食事を終えた。
 
 夜になったら、またおしゃべり。
「お前たちは寂しいとか思わないのか?」
『何が?』
「お前達二人だけで」
「パパがいるよ」「お父さんがいるよ」
 何やら二人とも不機嫌そう。
「えーと、そうじゃなくて、お前達みたいな姿なのが他にもいなくて、寂しくないか?」
『ないよー?』
「そうか」
「あー、でも」ユーはぼんやりと天井を見上げる。「もしいるのなら、会ってみたいねえ」
「……そうだね」フーもまた、そういう。
 私は……
「いいんじゃないかな」
『え?』
「いや、そうするべきだよ。何時か、この町を出て、いろんなものを見て、歩くべきだ。そうして、知った
ものを、私に教えてくれ」
『……うん』
 そういう二人の顔は、寂しそうだった。
 けど、思う。
 何時か、彼女らはこの町を出ていくだろう。そして、行くべきだ。ヨミは言っていた、彼女らはこの世界
の外のピースだと。新しくピースを生み出すモノだと。なら、行くべきだ。この世界には、私には教えてあ
げられないものが多すぎる。

 朝に起きて、昼に出かけて、夜におしゃべりをして、そして眠り、また朝に起きる。
 私達は、時を止まらず歩いていく。過ぎ去る過去は、遠く何処かへ。迎え得る未来は、何時か此処へ。変
わらないものは何もなく、二人もまた、変わっていく。

 そうして、また数年がたった。
 住者は皆、町の外れに集まっていた。こうやって皆が一つの行動をするなど、前には考えられなかった。
「ホッホゥ。寂しくなるのう。面白い本を見つけたら、送っておくれ」そう、ヨミがいう。
「楽しかったですよ。ユー、フー。また飛びましょうね」そう、黒翼が言う。
 そうやって、皆、別れを告げていく。
 時を歩いて行く。
「パパ」
「お父さん」
 ――そうやって、
「……ん」私は頷き、言葉を言う。「じゃあ、挨拶を」
『はい』二人は並んで言った。『今までありがとうございました』旅立ちの言葉を。
『行ってきます!』
『行ってらっしゃい』
 ――皆、生きて行く

 
                   △ ○ ▽


「……ん」
 私は大きく背伸びした。本で見たが、できるモノはいくら待っても、「今来たところ」、というらしい。
だから、待つのは当然だ。
「さて、行きますか」
 良い天気だ。まるで、初めて彼女らに会った、あの日の様。
 紺色の空に乳の色が染まり始める頃。太陽の光に一早く目覚めた緑の花たちが歌いだす頃。木々が、うん、
と背伸びする頃。軽い着物を着て、長めのコートを羽織り、起きたばかりの爽やかな蒼い風を浴びながら。
「今頃、何処にいるのだろうか。今日の朝にはと言っていたけど……」
 パレットからキャンパスへ、文字通り取って付けたような、突然の異端者。
 しかし、どこか私は、その光景が当然のように思えた。まるで運命の様な、そんな感じ。
 二人を照らすこの朝日は空から降りた光のレースか、はたまた木々の葉から木洩れるスタンドグラスか。
「……っと。……えーと、さて、では、こういうべきかな」
 その場は、伝説に聞く天使を連想させ、噂に聞く教会をよぎらせ、まるで、神がこの二人を遣わしたかの
ように、そう、思えたのだ。
「じゃあ、挨拶を」
 私は、笑って言う。
「お帰り」
 二人もまた、笑って言う。
『ただいまっ!』
 大人びた顔で、幸せそうに。

 そうやって、私らは皆、生きて要る。



  ふーあーゆー 〜We all live to you〜……おわり

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