「今日はアユが解禁だそうですよ!」と初めに小さい奴がそういうと、
「何ィ、鮎解禁だとおっ!?」と長髪の奴が言う。
「ククク、ついにこの俺の『力』を使う時が来たか」それに釣られた奴は言葉を連ね、
「……荒れるな」いつものように集まり騒ぐ。
「宜しい、ならば鮎釣りだ!」
 そして小さい奴が高らかに宣言し、
「…………メンドくせえ」
 今日も、何かが始まる。

 これは、
 少しヘンテコな世界で行われる、少しヘンテコな者たちの物語。
『この想い、君に届け!(物理)』
 ……後、別に右の『釣られた奴』は鮎とかけてるわけじゃないので悪しからず。

「というわけでやってきました川原。爽やかな風が私達を出迎えます。実況はわたくし、仮に『勇者』と名
乗らせていただきます」
 小さい奴もとい勇者がそう言った。
 その言葉の通り、ここは川原である。時刻は学校が終わった後。俺達は川に鮎釣りに来ていた。この御世
代に鮎釣りとは、何というか、子供っぽい。
「いや、まあ、鮎釣りはいいけどさ」俺は言った。「とはいっても、ここ、学校から十分も離れてねえじゃ
ねーか」
 森の中の河川とかそんなんじゃ全くない。隣に民家立ってるし。子供は知ってるし。ハトいるし。スズメ
鳴いてるし。田舎の土手じゃねえか。普通はもっと、デカい河とか、山中の河でやるもんじゃないのか?
「いやいや君、考えてみてください。『アユを釣りに行く→大きな川へ行く→森へ行く→森の中っ、熊さん
にっ、出会―った(出会―った※エコー)→死亡』つまりここが生きるか死ぬかの境界線。ディス・イズ・
ジ・エンド。ビギナーたる私達はここまでが限度なのです」
「飛躍しすぎだろ」
「あと歩くの辛い」
「もう鮎釣り止めないか……?」
「駄目ですよ! 今夜の晩御飯がかかっているんですから!」
「ならもう少し頑張ろうぜ」
「あにゃーん」
「何が『あにゃーん』だ」
「お腹膨らますためにお腹減らしてたら本末転倒だと思うんですよねえ」
「おいこの勇者ダメだぞ」
「まあまあ、固いこと言っちゃダメよ」長髪が言った。「せっかく楽しそうにしてるんだし」
「まあ、そうですけどねえ。ここ、鮎いるんスか?」
「いる、かもしれないし、いないかもしれない」
「えー」
「大丈夫、いざとなったら仕入れた鮎を川に流すから」
「そこまでして勇者を喜ばせなくても」
「大丈夫よ。安いから。朝市で買っておいたわ……パックで」
「パックかよ! 死んだ魚がゴロゴロ流れてきたら近所迷惑だわ!」
「私は悪くないの! 市場のおじさんが『やっぱ初物の鮎はやる気が違うねえ! 生きの良いピチピチばか
りだよ! まっ、アンタの胸のツヤに比べりゃそりゃ劣るけどなガハハ!』とか言ってたの!」
「どう見ても『ただの屍』だろうが! つかおじさん何気にセクハラしてんじゃねーよ!」
「皆眼が死んでる〜♪」
「五月蠅いよ!?」
「安かったのお!」
「最初から価値0なんだよ!」
「こんなに眼がパッチリしてて可愛いのに」
「瞳孔開いてんだよ!」
「皆眼が死んでる〜♪」
「だから五月蠅いよ!?」
「あ、ちな私は『賢者』か『謎の黒髪美少女X』としておいてね」
「賢者モードにでもなっとけ!」
「うわ君、それブルセラよ?」
「アンタがセクハラだよ!」
 この人と話してるとすごい疲れる。ペースが全部持っていかれる感じ……。
「なら、私は『劫火絢爛のアラストール』に一票」
 腕を組んでにやりと別の奴がそう言ってきた。
「お前どこ中だよ」
「『病は気から』というだろ? だから私は、迸る熱いパトスが中二病を生むんじゃないかと考えているん
だが」
「窓辺から今すぐに飛んでおけ」
「アイキャントフライ。そういや、タケコブターってアレ絶対、禿げるよな……」
「そして未だに電池式と言う謎使用」
「しかもあれ、連続運転八時間位なんだしな。ま、冗談はともかく、私は『剣士』で」
「どうして皆、奇をてらうんだ」
「ククク、腕が鳴るぜ」
「お前は誰と戦っているんだ……」
「銛も用意しました」
「本当に何と戦っているんだよ!」
「自然と」
「割と大きな相手だった!」
「『強ければ強いほど燃えるんだ』という敵キャラに限って自分のボスとか魔王とは戦わないヤツ。そうい
うのは、認めない!」
 とか何とか言って、剣士は颯爽と去って行った。
「鮎釣りか、懐かしいな」
 友がそう言ってきた。友は心の友である。
「ふっ、釣りに言葉は不用だ。さあ、行こうぜ」
「そう言って、まともに釣ってた記憶がないけどな」
「ほとんどお前等のせいだけどね……」
「さて、ようやく準備ができました。じゃあ、そろそろ鮎釣りを始めましょう!」
 勇者は張り切ってそう言った。
 どうやら勇者は、先ほどまで賢者に釣りの仕方を教えてもらっていたらしい。
「……って、オレの役割がまだ決まってない」
「えー、じゃあ、『村人A』で」
「ちょ、おま、無限ループ質問すっぞ!」
「何その脅し方……」
「『はい』か『いいえ』かでしか答えられんのだ! では質問いくぞ!」
「じゃあ、話しかけない」
「…………!」
 こうして、鮎釣りが始まった。

 そして見事に釣れない。
「お腹へりました……」
「勇者、離れてるんでもっと大きな声で言ってもらわないと!」
「お腹減りましたー!」
「もっと元気よく!」
「お腹減りましたああああ!!」
「もっと媚びるような感じで!」
「ご、ご飯ほしいですうぅ!」
「しかし気丈に!」
「べ、別にお腹なんて減ってないんだからね! 貴方と食べるのがうれし……って、なわけないじゃない!」
「それでいてカッコよく!」
「ちっ、腹減ったなあ……」
「けど馬鹿っぽく!」
「ちょ、私、スッゲ、お腹減ったんですけどお!?」
「うるせえ! 静かにしないと魚逃げるだろうがボケッ!」
「ひどい理不尽を見ました!」
「まあ、しかし勇者よ、そんなこと言わんでくれ。ただでさえこうやって座っている俺達の姿は異様だとい
うのに、お腹へったとか……」
 近所のガキの眼がチクチク刺さる。指さして笑っちゃってさあ。若者は好奇心旺盛だなあ(笑)。吊るす
ぞ。
「お腹減りまくリング」
 勇者がそう言った。
「それは、『お腹が減る→食べ物探す→お腹が減る』という無限ループを『リング』に例えてるのか?」
「…………?」
「うわすっげ恥ずかし」
 勝手に深読みしてしかもシャレの方に持って行ってしまった。愚かしいと同時に、これじゃあ、俺がスベ
ったのも同意!
「『それは、『お腹が減る→食べ物探す→お腹が減る』という……』」
「おい賢者止めろ!」
「まあ、所詮、村人Aの言語ステータスじゃあ、こんなレベルってところかしら?」
「じゃあ、変えてくれよ村人A!」
「じゃあ、B」
「わーい、一文字格上げだー。ってふざけんな!」
「村人B は ノリツッコミ を 覚えた」
「畜生! 村人じゃなければ!」
「村人イコォォール弱い、という固定観念がある時点で、もはや駄目!」
「な、何ィ!」
「物語において主人公になりやすいのは、どういう人物かを考えて見なさい」
「はっ!」
「そう、『俺はどこにでもいる普通の高校生(笑)』なのよ!」
「グッボァハァッ!」
(グッボハァ?)(グッボ、アッハァーン?)(だせぇ……)
「た、確かに……」
「わかった? 始めは村人でも、いつかは、世界を救う勇者に慣れるのよ」
「くっ……わかりました。これからは村人Bとして、全力を尽くします!」
「ええ、そのいきよ」
「よおおおおおおし! やあるぞーっ!(CV:『親方、空から女の子が!』の人)」
 俺はやる……やってやる! この手で世界を平和にするのだ!
「でももういますけどね、勇者」
 と、ここで勇者が一言いった。
『…………』
「た、確かに!」
 もうすでにいるじゃん、勇者! 右隣に!
「あら、そういえばいたわね」と賢者。
「畜生! この世界に勇者は二人もいらねえ! じゃあ、俺は一生、村人Bのままかよ!」
「いえ、進化すれば村人Zまでいくわ」
「そんな老人Zみたいな!」
「今時の人は老人Zとか知らないと思うけど」
「じゃあ、ドラ○ンボールZみたいな!?」
「そうね、サイア人くらいなれるんじゃないかしら」
「だったらもう勇者いらないよ!」
「いや、勇者はいる。絶対いる」と勇者。
「ちょっと勇者は引っ込んでろ!」
「引きこもった勇者のために逆に魔王が旅してくるのね、わかります」と賢者。
「帰れ!」
「じゃあ、何がいいんだよ」と剣士。
「せめて普通に戦える奴にしてくれ!」
「じゃあ、『モンスターA』だな」
「人ですらねえじゃねーか! つーかまた『A』かよ! その他大勢かよ! あーもー、クソッタレー! 
だったら手前等襲うぞゴルァ!」
「勇者は蛇のムチを使った!(糸で巻きつける)」「賢者はヒャダルコを唱えた!(鮎(パック)を投げつ
ける)」「剣士は普通に殴った!」
「この人でなしー!」会心の一撃をくらった。
「つーかお前等、騒がしくしてると魚逃げるぞ」と友が言った。
「あ、そうでした! 今夜のおかずが!」
「くそぅ。早く人間になりてー……」
「ちょっと五月蠅いです、モンスターAさん。貴方はこれから鋼の剣です」
「すでに生き物ですらない!」
「そして洞窟の宝箱に隠されてるタイプです」
「おおおお前等! 武器屋で先に飼ったからって簡単に捨てるなよ!」
「むしろ恨みますね。『早く出ておけよ』と……」
「ぎゃあ! そんな眼で俺を見ないでくれええ……!」
「静かにするんじゃなかったのかよお前等」
「あ、そうでした! 今夜のおかずが!」
「くそぅ。早く人間になりてー……」
「ちょっと五月蠅いです、モンスターAさん。貴方はこれから……」
「……もう勝手にして」
 友は逃げ出した。

 数分後。
「やっぱり釣れません」
「まだ数分だろうが」
 俺と勇者は近くで釣っていた。
「時は金なりです。一秒が一円です」
「俺は、時は強さだな。一秒たつごとに一攻撃力だ」
「今どのくらいですか?」
「生まれてから計算してもう、えーと……………………7億位かな(←計算した)」
「ムキムキですね」
「ああ、ムキムキだな」
「なまらムキムキですね」
「ああ、なまらムキムキだな」
「ムッキンダム宮殿ですね」
「ああ、ムッキンダム宮殿だな」
 なんだこの会話。
「(話を変えよう……)どうでもいいが、どうして晩飯に鮎を?」
「なんとなくです。今日が解禁ですし」
「まあ、そうだよな」
 普通、初心者は解禁日を避けるみたいだがな。
「でも食べ方は決めてますよ」
「揚げるのか?」
「そんな衣替えはしません。せっかくのアユ解禁ですからね、そこも今日は何の日に合わせて食すのですよ」
「ふーん?」
「今日は、『チーズの日』なのです!」
「……チーズって、乳製品の?」
「YES。淡白な鮎に濃厚なチーズを駆ける。それは何か美味しそうだと思いませんか?」
「まあ、チーズは外れ余りないしな……」
「です」
  …………。
「しかし、まあ、何だ。あー、残念な、お知らせが……」
「…………?」
「いや、その……その『チーズ』は乳製品のチーズではなく、シャッターを押す時の『はい、チーズ』のチ
ーズの事なんだ。今日は六月一日。そして乳製品の方は十一月一日」
「…………」
「…………」
『…………』
 束の間の沈黙。
「……ば、ばかなーっ!」
「何が『ばかなー』だ」
「わ、私は……これを楽しみにしていたんですよ!?」
「あー、うん、そう……」
「私は! これを、本当に……くっ!」
「いや、うん、何か、申し訳ない……」
「……だました……。よくも私を……。よくもだましましたアアアア!! だましてくれたなアアアア!!」
「あーもう! っせーよこの馬鹿! アホ! 電波! 自動面白爆撃機! ねじ一本取れてるだろ!」
「うわーん、モンスターAええさああああん!」
「同情はするが俺はこの状況でも頑なに俺をモンスターAにするお前に泣きたいよ」
「なら勇者、梅はどうかしら?」と賢者登場。
「ぐす……梅?」
「そう、梅を使うのはどうかしら? 梅も今日の記念日よ」
「……爽やかでいいかも!」
「麦茶もあるわよ!」
「いいですね! 何か夏って感じで! 万事、解☆決」きゅぴーん
「あー殴りてー」頭ぺちぺち
「痛いです! 痛いです! 特に意味のない暴力が私を襲いますーー!!」
「てめえ! 何人の女殴ってやがる!」
「おい賢者お前キャラちが」
 アッー

 賢者の前で正座している。岩がごつごつして痛い……。
「罰として貴方は私の手伝い」
「何するんスか」
「イス」
「お断りだ!」
「じゃあ、お断りをお断りするわ!」
「じゃあ、お断りを「黙れ」ひでえっ!」
 結局、餌を付けるという位置になった。
「えーと、『友釣りといって、生きた鮎をオトリとして、川の中を泳がせます。そのオトリ鮎には尾っぽの
後ろにハリを付けておきます。すると、鮎独特の習性で、自分の縄張りに侵入してきた「ヨソモノの鮎(オ
トリ鮎)」に体当たりして、追っ払うという行動をとります』……って何かに書いてた」
「ミミズじゃないのか?」
「だから釣れないのね」
 グッボハァッ!
「え? じゃあ、俺たちの約十五分は一体……?」
「むしろまだ十五分もたっていないことに驚きよ」
「ところで光陰矢の如しの『矢』ってそろそろ引退すべきですよねえ。時代は光学兵器ですよスぺシウム光
線。光陰光学兵器の如し」
「何か中唐の時代に科学がブッ込んできたような言葉ね」
「じゃあ、さっそく餌を付けてみますか」
「き、切り替わり早いわね……」
「速さが俺の自慢ですから。おっと、でもベッドの上じゃあ、」
「えーと、『自分の縄張りに侵入してきた「ヨソモノの鮎」に体当たりして、追っ払うという行動をとりま
す』っと」ドゴォ
「メラ痛てぇ!?」
「『そして吊ります』っと」
「ちょ、まっ、漢字がちが、っていあたたたたた! すいません、すいませんでしたーッ!」
 閑話休題。
「さて、じゃあ再開しますか」
「はい……」
 もう少しで針を縫う事になってた……恐ろしい。
「では、餌を付けますね」
「ちょっと待って、モンスターA。「俺ですね、はい」大事なことを忘れてない?」
 大事な事?
「何を……あっ」
 俺は気づいた。そうだ。餌を付けるといっても……
「そう。私達は一匹も生きた鮎を持っていない!」
「ガッデム!」
「というわけでパックを……」
「こんなところで役に立つとは!」
 まさか予定調和! これがデウス・エクス・マキーナーというものか。だとしたら……すっげえ、雑ッ! 
「切り身にするか迷うなあ」
「迷わねえよ! 一本ものにしろよ!」
「いや、食べやすい方が……」
「誰向けだよ!」
「はいはい、ツッコムのは針だけにしてよね」
「この人さらりと巧い事言いよる……」
 というわけで、ぶすぶす針を付けた。
「……何か、族っぽい感じになりましたね」
 考えなしに付けまくったらJ型の針がドレッドヘアーのようになった。「引っかかる部分が多ければいい
んじゃね?」と賢者に言われたのでやってしまったが……うん、やっちゃった。
「パラリラパラリラ」
「……ま、まあ、敵と認識されればいいんですよね」
「そういう事。さあ、行くわよ! パラリン族、君に決めた!」
「何ぞそれ……」
 というわけで、鮎が投げられる。物言わぬ鮎が川底で揺れる。
 ……何かエグイ。
「賢者は釣り好きなんですか?」
「釣りは好きね。そう、キャッチアンドリリースと言う名の『プレイ』が」
「いや何プレイだよ」
「楽しいだろう? 命を弄ぶのは」
「そういうこと言っちゃダメ!」
「え、じゃあ『もひっ』ちゃうの?」
 もひる? 食べる、という事か?
「勿論、『もひり』ます。釣るからには必ずもひります。それが自然と言うものです」
「『もひる』ってプフー!」
「何故笑われるよ!?」
「ところで自然で思い出したけど。部長は昨日、いつものごとく自然にチョウを捕まえて『私がバタフライ
エフェクトを起こす!』とか言ってたけどどう思う?」
「それが自然だとなら自然破壊というのはさぞ素晴らしいものなのだろうな」
「でも弱肉強食が自然なのよ。針を口に引っ掛けて、釣りあげて呼吸を止めて、はあ、はあ、と喘がせるだ
け喘がせて、焦らし飽きたらポイと捨てるのよ」
「だからそういうこと言っちゃダメ!」
 ……いや?
「焦らすというなら、それはコッチ側ではないですか?」
「え?」
「いえ、実際、こうやって焦らされているわけですし……」
「…………」
「…………」
「まさかの逆! おのれ孔明ェ!」
「孔明て……」
「ふ、腐腐腐。私を舐めるとはいい度胸ね。宜しい、ならば戦争だ! 赤裸々に服をはいで昼間の道中に放
置プレイしてやるわ!」
「それ干物……」
 どうやら俺の事が目に見えなくなったようなので、俺はすごすごとその場を後にした。

 友の場所に行くことにした。ヘンテコな奴らと比べると、やはりアイツは落ち着く奴だ。
 ……と思ったが。
「剣士といるな」
「もう素手でいいんじゃないかな」
「いや、だったら釣りの意味ないだろ」
「もはや釣りでなくてもいい」
「そう落ち込むなよ……」
 どうやら、剣士は落ち込んでいるらしい。
「どした?」
「ああ、うん……」剣士がこちらを見て言った。「いや、何かさ。もうちょっとアレコレできると思ってた
んだよな。何つーか……すっげー暇」
「うーん……」
 まあ、熱血元気な剣士には、釣りはツマランかもな。
「もう銛でも使おうかな」
「使うな」
「うぇーい……」
 俺は友を見た。この調子だよ、と肩をすくめる友。流石、友だ。剣士のために、そばにいたのだろう。仕
様がない、少し手をかそう。
「剣士よ。お前はこれが、お前向きではないと申すのじゃな?」
「老師! いえ、そんな事は……」
「しかし聞け。心頭滅却すれば火もまた涼し。修業とは滝に打たれるのが漫画のつねじゃ」
 まずは一般的な論理(?)を言う。
「それとこれとは……」
「いや、同じじゃ。己の精神を風の吹かぬ水面のように鎮まらせ、かつ、事が起こればその研ぎ澄まされた
水は龍が如く空を駆る」
 次に、相手の感触がよさそうな言葉で抽象的に語る。
「……おお」
「頭はクールに心はホットに。それがこの釣りなのじゃ!」
「な、成程!」
 後は駄目押しで、有名人でも添える。
「かの太公望も釣りをした。だからということではないが、しかし釣りとは、良いものだ。釣りをしてこそ、
太公望のような創造力溢れる戦術と戦略を得られるのだ!」
「そ、そうか……! 釣りって、奥が深いんだな……」
「ああ、そうだとも」
 何か飛躍した論理になったが、まあ、納得したならそれでいいや。
「創造……常識の突破こそ求めるものか」
「ん?」
「よし、釣りは止める!」
「え?」
「そしてやっぱり銛で突く!」
「何でだよ!」
「いや、やっぱり釣り何てちまちましてたことやってたら取れないよ。やはりここは接近戦だ!」
「いや接近戦も何も! つか、この川流れは緩やかだが、割と深いぞ!」
「なあに、安心しろ。すぐ帰ってくる」
「け、剣士……」
「アツアツのご飯でも焚いて待ってな!」
「剣士――――っ!」
 銛を片手に剣士が飛ぶ!
「いくぞおらあああああああッ!!
 生まれでろ無数の銛! 無限の剣製! アンリミデッド・モーリー・ワークスー!!
 何処からともなく飛来した無数の槍が水面を穿つ!
 ずどどどどどどどど…………
「……あれお前のせいな」
 友が静かに言った。

 剣士はびしょ濡れになりましたが不思議効果ですぐ乾きました。
「もうアユじゃなくてザリガニ釣りませんか?」
「何でそこでザリガニ?」
「童心に帰りたくて……」
「わけわからん」
「やー、だって釣れないですしお寿司」
 勇者はそんな事を言い出した。
 というのも結局、この後二十分くらい粘ったのだがどういうことか釣れなかった。
「もう飽きました」
「お前なあ。つーか、そもそも道具が……」
「こんな事もあろうかと!」ンバッ(スルメと割り箸)
「わっ、すごいですよ賢者さん!」
「わーすごいですよ賢者さん。もしかして失敗するの分かってたー?」と俺。
「わかってなきゃどうして鮎のパック何て買ってくるの?」
「ですよねー」
「ちな、ザリガニはちゃんといるわよ、ここ。ちょっと下流に行ったところに水のたまり場があってね、そ
こにザリガニ系の生態生活圏があるのよ」
「流石、観察眼がすごいな賢者は」
「剣士が一晩で造ってくれました」
「朝飯前でした」
「造ったのかよ! しかも一晩で朝飯前!?」
「お腹へったのでここら一帯の鮎をペロリと」
「え、もしかして釣れないのお前のせい?」
「てへぺろ」
「すっげむかつく!」
「うわ、てへぺろとか……阿保らしい」
「自虐するなよ……」
「というわけで、ザリガニ釣り開始!」
 と勇者が号令。
 あー、もう、勝手にしろ。

「やったー、ザリガニ釣れましたー!」
「だからどうしたよガキが」
 すごいですね、流石勇者!
「言ってることと思ってることが逆になってると思うんですけど」
「ワザとです」
「何の悪意があってですか!?」
 鮎が釣れなかった分を埋めるかのように、ザリガニはよく釣れた。
「いや、まあ、釣れるのはいいが。釣ってどうするんだ、これ?」
「『もひる』んでしょ?」と賢者。
「え? いや、何を言って……」
「あら、言ってたじゃない。ほれ、上記(↑)私の会話で」
「え?」
「『もひります。釣るからには必ずもひります。それが自然と言うものです』」
「ジマで!?」
「ジマで」
「先の発言は無かったことに……」
「あら、ザリガニ。結構、世界ではメジャーな食べ物らしいわよ? 特にスウェーデンとかフランスでは」
「パリで!?」
「それは知らない」
「じゃ、じゃあ、喰えるのかも……」
「よぅし! じゃあ、今晩のおかずはこれだ!」
「駄目よ勇者。こんなもの食べたらお腹壊すわよ」
「壊すんじゃねーか!」
「それとこれとは別腹よ」
「使い方違う!」
「貴方を信じてる」
「何を!?」
「そういえば、ザリガニは自分以外を敵と認識しているらしいぜ」と剣士が言う。
「あー、そういうな」
「つまり、今から殺し合いをして、最後に残った奴が一番旨い奴だ」
「どうしても食べさせたいようだな」
「大丈夫、死にはしない」
「死ぬよりも苦しい痛みと言うものがあってだな……」
「食べて死んだら、これがいわゆる食死(ショック死)ってな。ハハハ」
「あははは!」
「…………」
「…………」
「…………」
「ありがとう、勇者……」
 ちょうどいい具合に皆の具合も落ち着いてきたので、そろそろお開きにする事にした。

 世界の空気が、てろてろとした音を持って落ち着いてくる頃。空は朱色に変わり、在する黒を引き延ばす。
「じゃあ、味見結果よろしくー」
「だから食わねえよ賢者。つか逃がす」
「名前つけておこうかな。紅の鋏『クロスファイア』」
「というか剣士よ、その後のこの堀池っぽいのどうするよ」
「? 知らねえけど?」
「いやだって、お前が造ったんだろ?」
「ハハハ、おいおい、んなわけねえだろ。あれは冗談だ。これは自然にできたやつだよ」
「…………」
「くくく、まさか信じてたのか?」
「うるせえよ」
「じゃあ、そろそろお開きだ。また明日な」
「おう」
 そう言って、友は帰った。
「味見するのよ?」
「考えておくよ」
「そうそう。今日の記録には、ちゃんとSNを使うのよ?」
「わかってますよ。ちゃんと名前は『賢者』で書いときますって。
「宜しい。じゃあ、また明日」
「ああ、またな」
 そう言って、賢者は帰った。
「何か私の出番少なかったなー」
「次頑張れ」
「ああ、頑張るぜ! じゃあな」
「おう、じゃあな」
 そう言って、剣士は帰った。
「……さて、」そして、「帰りますか」勇者はそう言った。

 紅の光。もう一人の黒い自分。引き延ばされる。動きに従い。動き。揺れる。
「今日は楽しかったですね」
「あー、そうだな」
「明日はもっと楽しくなりますよね、モン太郎」
「そういや、結局、モンスターAのままだった……」
「……あのですね」
「ん?」
「今日は、楽しかったですか?」
「……ああ」
「……そう、ならよかったです」
 笑う。
「楽しければ、いいと思いますよ」
「でも、それは人に迷惑をかける楽しさであってはならない」
「最強なのは、迷惑さえも楽しみに変えることですね」
「そうなれば民法も警察はいらないな」
「そうですねー」
「……で、」
「はい?」
「お前は楽しかったのか?」
「そりゃあ、勿論です」
 本気。
「そうか」
「まあ、釣れなかったのは、少し残念ですが……」
「そうか。なら、これをやろう」
 ボックスを渡す。
 開ける。
「……おお!」
 四匹の鮎。
「釣れていたんですね!」
「まあの」
「これは……私に?」
「ああ。鮎釣りっていうのは冗談でも、晩御飯っていうのは本当だろ?」
「やー、この頃、いろいろありましてー」
 照れる。
「じゃあ、半匹やるよ。袋にでも入れよう」
「わー、ありがとうございます!」
「うむ、苦しゅうない」
 渡す。
「これで今日は満足です」
「うむ、苦しゅうない」
 また歩き始める。
 やがて分かれ道。
「では、私はこちらですので」
「ああ」
「ではまた明日」
「おう」
「明日はもっと楽しくなりますよね」
「さーのおー」
「ハハハ。…………」
 見る。
「大丈夫ですよ」
 彼女が言った。
「貴方は、今をちゃんと楽しめています。それが貴方にとっていい事か、悪い事か分からないですけど。で
も少なくとも、私は悪くないと思います」
「…………」
「それだけです。では、また明日」
「……ん」
「また明日ー!」
「おー!」
 そう言って、勇者は帰って行った。
「…………」
 空を見上げる。
 眩しくない紅の光。
 このまま、光に溶けていきそうだ。
「……なんて」
 歩き出す。
 自分も早く帰ろう。
 今日は俺が食事当番だったはずだ。
「…………今日も一日が終わる」
 終わって、始まって、終わって、また始める。
 ぐるぐるぐるぐると……それはまるで、夢と現実のように。
 前は、何かと面倒だなと思っていた。
 何のために生きて要るのだろうとか、高二病というやつを患ってもいた。
 でも、まあ、
「こんな生活も悪くはない、のかな」
 わからない。が、今はなんとなく、そう思う。
 俺は今日まで生きてきた。そして、明日もまた、こうして生きて行くだろう。
 特に理由もなく、ただなんとなく。
 それをひどく空しいと思わなくもない。
 ただ、それを聞き、勇者はこういうだろう。
 ――理由がないなら、貴方は何をしてもいいってことよ
 縛られない生き方と言うのは、ひどく不安だ。漠然とした、何かわからない、そんな不安。宙ぶらりんに
浮いた、飛んでるとも、落ちているともわからない。何処に進んでいるのか、何処にいるのか。何時落ちて
しまうのか……。
 それでも、こうして生きて行く。
 それはある種、生きても死んでもどっちでもいい、という思考の表れかもしれないが。
 まあ、それでもいい。とにかく、明日もまた楽しく生きてみることにしよう。
 そう、約束したのだから。
 少なくとも、誰かに迷惑かけないように。
 アイツ等をがっかりさせないように。
 明日も楽しく、生きていこう。
 
 これは、
 少しヘンテコな世界で行われる、少しヘンテコな者たちの物語。
 戯れ者の、物語。


『では、何時かの時まで、またーー』

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